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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)467号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 大野五郎吉

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 安部正一

被控訴人(附帯控訴人) 鈴木儀春

右訴訟代理人弁護士 国本明

主文

一  控訴人らの本件各控訴および当審における新たな請求をいずれも棄却する。

二  附帯控訴人の附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

(一)  被控訴人は控訴人らに各金一、一五五、七四三円および右各金員に対する昭和四六年七月二七日から右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  控訴人らのその余の請求を棄却する。

(三)  第一審の訴訟費用はこれを三分し、その一を被控訴人の負担とし、その二を控訴人らの負担とする。

(四)  この判決は控訴人ら勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

三  控訴審における訴訟費用中控訴費用は控訴人らの負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人以下単に控訴人という)ら代理人は、本件控訴事件につき「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。被控訴人(附帯控訴人以下単に被控訴人という)は控訴人らに対し各金一、六二〇、五五四円およびこれに対する昭和四六年七月二七日から右各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに当審における新たな請求として「被控訴人は控訴人らに対し各金一五〇、〇〇〇円を支払え。」との判決を、附帯控訴事件につき附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人代理人は、本件控訴事件につき控訴棄却の、当審における新たな請求に対し請求棄却の判決を、附帯控訴事件につき「原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す。控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は次のとおり述べたほかは原判決事実摘示欄のとおりであるからこれを引用する。

一  控訴人ら代理人の主張

(一)1  控訴人らの請求原因事実のうち、亡大野真の逸失利益を次のとおり変更する。すなわち亡大野真の昇給率を年五分として計算すると同人の二五才時の給料は月額金四七、一〇七円となり、これに賞与を加えた年額より五割の生活費を控除すると年額金三七六、八五六円となり、同人の死亡後の就労可能年数三九年のホフマン係数二一、三を乗ずれば金八、〇二七、〇三二円(円未満切捨)となり、これが亡大野真の逸失利益である。

2  葬祭費は請求しない。

3  右逸失利益金八、〇二七、〇三二円から控訴人らが交付を受けた強制保険金五、〇〇〇、〇〇〇円を控除し、その残額と一審における弁護士費用金三〇〇、〇〇〇円および控訴人らの慰藉料金三、〇〇〇、〇〇〇円を合算し、これを二分した金三、一六三、五一六円が控訴人ら両名の各自の損害額となるから、右額から原審で認容された金一、五四二、九六二円を控除した金一、六二〇、五五四円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四六年七月二七日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を当審で求める。

(二)  控訴審における弁護士費用金三〇〇、〇〇〇円を控訴人両名で等分に支出したから、当審において新たに各金一五〇、〇〇〇円の支払を求める。

(三)  被控訴人主張事実を認める。

二  被控訴代理人の主張

被控訴人は訴外大東京火災海上保険株式会社の搭乗者傷害保険(金額一、〇〇〇、〇〇〇円)に加入していたところ、本件事故により被控訴人の自動車搭乗者大野真が死亡したことにより昭和四七年七月四日、右保険金が控訴人両名に支払われた。右保険金は亡大野真の損害を填補するものであるから控訴人らの本訴請求金より各金五〇〇、〇〇〇円宛控除さるべきである。

三  当審における新たな証拠関係≪省略≫

理由

一  控訴人らの被控訴人に対する本件事故に基づく損害賠償請求権の存在および過失相殺の範囲程度についての当裁判所の判断は原判決と同一であるからこの点に関する原判決理由一ないし三(原判決七枚目表九行目から同九枚目表四行目まで)を引用する。

二  損害について

(一)  大野真の逸失利益

亡大野真が昭和二八年七月二八日生れであること、新京成電鉄株式会社の停年が五六才であることは当事者間に争いがなく、同人が昭和四四年四月一日から同会社に就職したことは被控訴人において明らかに争わないところであるから同人の就労可能年数は三九年であることは明らかであり≪証拠省略≫によると、大野真の本件事故当時の給料は月額金三一八八七円であったこと、賞与は年二回で昭和四六年夏は給料の一、九四か月分、冬は二、四五か月分であることが認められ、従って同人は本件事故がなければ年額五二二、六二七円(円未満切捨、三一、八八七円×一六、三九月)の収入を得ていたことになり、控除すべき生活費はその五割と認めるのが相当である(年額二六一、三一三円となる。)

以上の事実に基づきホフマン式計算法(被控訴人はライプニッツ計算法を採用すべきであるというが、両者にはいずれも合理性があり反面非合理性もあり、原判決が採用したホフマン方式を排してライプニッツ式を採用しなければならないほどホフマン方式がライプニッツ方式より非合理とも考えられない)により中間利息を控除して大野真が死亡したことにより喪失した得べかりし利益を算定すると次のとおり金五、五六八、三一八円(円未満切捨)となる。二六一、三一三円×二一、三〇九(ホフマン係数)=五、五六八、三一八円強。控訴人らは、毎年五分の昇給を見込んだ本件事故八年後の二五歳時の給料を基準とすべき旨主張するが、大野真の勤務していた新京成電鉄株式会社に昇給の定めがあることを認めるに足りる証拠はなく、給与の昇給を得べかりし利益の一部として認めるには昇給が法令または契約に基づく権利として認められている場合または昇給の実現と昇給率に合理的に疑を容れない程度に確実なものと信じられる場合であることが必要であるが、本件の場合これを認めるに足りる証拠がないから亡大野真の昇給を理由とする逸失利益の主張は理由がない。

なお、≪証拠省略≫によると、ベースアップの率は昭和四五年度三割弱、同四六年度二割一分であったことが認められるが、死者の逸失利益は死亡の時を基準に算定すべく基準時においてすでに将来の稼働能力と評価しうるような高い蓋然性をもって予定されている昇給は別であるか、ベースアップは企業の発展貨幣価値の下落等経済情勢の変動に伴うものであって、直ちにベースアップ分全額が実質賃金の上昇をもたらすものといえるかどうかは疑問であり、しかも、控訴人らとしては、亡大野真の逸失利益による損害額を八年の経過をまたず現在の時点において全額受領し、これを利用に供しうる点を考えるときは、逸失利益の算定にあたりベースアップ分を考慮することは相当でない。

ところで、本件事故において亡大野真にも過失があったから前記過失割合によって過失相殺すると被控訴人の賠償すべき額は五、〇一一、四八六円となる。

亡大野真が控訴人らの四男であることは当事者間に争いがなく、亡大野真には配偶者も子もないことは弁論の全趣旨により認められるから、控訴人らは亡大野真の右損害賠償請求権を二分の一ずつ相続により承継取得したこととなりその額は各金二、五〇五、七四三円(円未満切捨)である。

(二)  控訴人らの慰藉料

控訴人らが、その将来に大きな望をかけていた四男亡大野真を本件事故によって失った精神的苦痛を慰藉すべき額は各金一、五〇〇、〇〇〇円を相当と認める。

(三)  損害の填補

前記のごとく、控訴人らは被控訴人に対しそれぞれ前記(一)(二)の合計金四、〇〇五、七四三円の請求権を有するところ控訴人らが第一審判決以前において強制賠償責任保険として金五、〇〇〇、〇〇〇円を、さらに当審係属後の昭和四七年七月四日被控訴人主張の搭乗者保険金一、〇〇〇、〇〇〇円をそれぞれ受領し、いずれも等分に控訴人らの損害額に充当したことは当事者間に争いがないから控訴人らの請求権は各金一、〇〇五、七四三円となる。

なお、被控訴人は亡大野真の葬祭費二〇〇、〇〇〇円および医療費、遺体運搬費金一五五、六二三円を負担したと主張し(抗弁二)右事実は争いないが、これらの費用は控訴人らにおいて請求していないから控除すべき限りでない。

(四)  弁護士費用

控訴人らは被控訴人に対し各前記金一、〇〇五、七四三円の損害賠償請求権を有するところ、被控訴人がその任意の弁済に応じないため本訴の提起と追行を控訴人ら代理人に委任したことは弁論の全趣旨により認められ、控訴人らがその訴訟代理人に対し弁護士費用として第一審において合計金三〇〇、〇〇〇円を支払ったことは当審における控訴人大野寿子本人尋問の結果によりこれを認めることができる。そして、右費用は本件事故と相当因果関係にある損害と認められるから控訴人らは各金一五〇、〇〇〇円の損害賠償請求権を有するものということができる。

(五)  よって、控訴人らの本訴請求は被控訴人に対し各金一、一五五、七四三円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること本件記録上明らかな昭和四六年七月二七日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当として棄却を免れない。従って、右限度を越えて認容した原判決を不服とする控訴人らの本件控訴はいずれも理由がなく、被控訴人の附帯控訴は一部理由がある。

(六)  当審における新たな請求について

控訴人らは、第二審における弁護士費用として金三〇〇、〇〇〇円を支払ったことを理由に本件事故に基づく損害として各金一五〇、〇〇〇円を当審において新たに請求し、当審における控訴人大野寿子本人尋問の結果によると控訴人らが当審における弁護士費用として金一五〇、〇〇〇円を訴訟代理人に支払い、更に金一五〇、〇〇〇円を支払う旨約したことが認められるが、本件控訴がいずれも理由がないことは前記のとおりであるから、控訴人ら主張の当審における右弁護士費用は本件事故と相当因果関係にある損害とはいえないから控訴人らの右請求は理由がないものとして棄却するほかはない。

三  以上のとおりであるから控訴人ら本件各控訴並びに当審における新たな請求を棄却し、被控訴人の附帯控訴に基づき原判決を主文第二項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九六条、第九五、第九二条、第九三条、第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅野啓蔵 裁判官 小池二八 和田啓一)

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